一般社団法人 日本道経会

コラム

令和元年度海外研修旅行「学術都市ボストンとニューヨーク」を実施①

令和元年11月10日
  • 奈良支部副代表幹事
  • 至誠堂製薬株式会社
冨士 俊隆

日本道経会視察旅行を終えて

10月8日(火)、清々しい朝を迎え、佐藤会長を中心に総勢12名と少人数ではありましたが、いざニューヨーク・ボストンへと旅立ちました。

最初に訪れたのは、ボストンです。ボストンはアメリカ独立戦争の発端の地となった街で街並みはレトロな建物が多く、落ち着いた都市です。そして訪れたのはボストンの隣にあるケンブリッジ市であのジョン・F・ケネディも学んだと言う名門ハーバード大学のキャンパスを散策し、当時の面影が残った教会や図書館の前でそれぞれ記念写真を撮った後、名前入りグッズなどを販売している大学生協でショッピングを楽しみました。ケンブリッジ市はたくさんの大学があり、その中の一つにマサチューセッツ工科大学があり、この大学からノーベル賞の受賞者が80人以上輩出されており、爪の垢でも煎じて飲みたいような気分にさせられました。その後はボストンと言えばレッドソックスです。球場の外観しか見られませんでしたが、伝統のある球団らしい年季の入った重厚な建物でした。

三日目にアムトラック鉄道でボストンからニューヨークに約3時間半の鉄道の旅を楽しみました。途中電車が止まるハプニングもありましたが無事ニューヨークに到着し、早速自由の女神像やマンハッタンの摩天楼を船から眺めるクルーズを楽しみました。そして、ニューヨークと言えば2001年9月11日に起こった同時多発テロ事件です。あのワールドトレードセンタービルは今では「グランドゼロ」として2,996人の犠牲者の名前を刻み込んで記念碑として残し冥福を祈っています。

四日目には午前中ニュージャージー州まで足を運び、トーマス・エジソン国立博物館を見学しました。エジソンは白熱球やラジオ・レコードなど多くの発明を成し遂げた偉大な偉人です。エジソンは発明だけでなく世界的企業の「GE」など多くの会社を設立し販売にも力を注いだ人でした。

午後からは在ニューヨーク日本国総領事館にて、経済部長の叶様よりニューヨークの経済や文化・習慣など幅広くご講演をいただきました。特に驚いたのはニューヨークでの年収50,000ドル~80,000ドルの所得では低所得者であり貧困世帯と聞き一同はびっくりしていました。原因は所得の3分の2が家賃の費用になるので、実際の生活は厳しいとのことです。日本とニューヨークとの関係は1860年に76名の日本人が初めてニューヨークを訪れたのが始まりで、現在では在留邦人は約48,000人が住んでいるとのことです。また、我々のような旅行客は年間で約34万人が訪れているそうです。1960年に東京都と姉妹都市を結んで日本との交流を深めています。

夜はタイムズ・スクエアを散策し夜のニューヨークを楽しみました。

五日目は、世界三大美術館の一つ「メトロポリタン美術館」を見学しました。重厚な建物でサッカー場30個分の敷地に200万点ものコレクションがあり、そのうち約50万点ほどが展示されており、フェルメールやレンブラントといった写実派、ゴッホやモネ・ルノワールといった印象派、或いはピカソなどのモダンアートといった300年の絵画の歴史が2時間で体感できました。

その後、トランプタワーや高級ブランドが立ち並ぶ5番街を散策しながら、ロックフェラー・センタービル70階に上がりニューヨークの摩天楼やセントラル公園を見下ろす景色は絶景でした。

六日目は早朝にジョン・F・ケネディ空港に向かい、帰国の途に就きました。

10月14日夕刻に全員無事帰国ができ何よりでした。ただ片道13時間はしんどかった。

<追記>

ニューヨークの街は、ごみも少なくいたるところにゴミ箱が設置されておりきれいな街でびっくりしました。また、意外だったのはドライバーのマナーが比較的良いのには予想外でした。ただ、道路はデコボコで車の乗り心地は非常に悪く、電車も揺れて騒音も激しくこれも乗り心地が悪かった。

日本の新幹線は振動もなく静かで乗り心地もよいし、道路も整備され車の振動も少なく乗り心地が良いのは日本の技術の高さが証明された。

また、ホテルやレストランにおいてもアメリカは雑で、日本のおもてなしのすばらしさを改めて感じた旅でした。